【論考】
スマートシティがもたらす都市の未来

越塚 登
東京大学大学院情報学環

1.はじめに

現在、世界的にスマートシティが盛んに取り組まれている。すでに、スマートシティの取組は多様であり、スマートシティを一言で定義することは難しい。現状注目されている特性は、多様な情報通信技術(以下、ICT)やデータ利活用を、都市やコミュニティーに適用し、地域内の生活や職場の環境を変革したり、地域の行政システムに組み込み、各地域におけるイノベーションや知識化を促進することである。そこには、経済、交通、環境、エネルギー、教育、生活、行政、防災、福祉、医療、健康、観光、娯楽、等に関する取組が含まれている。

2.スマートシティの動向

スマートシティの取組は長く、例えば、筆者が関係したものでも、1989年に千葉トロン電脳都市があり、すでに30年以上前から、ICTを生かした都市作りが進められている。一方、世界を見渡すと、欧州ではバルセロナ市やアムステルダム市、ヘルシンキ市、また、アジアでは特に中国が高度なIoT/AI技術を活用した、技術主導型のスマートシティに取り組んでいる、深せん市(Tencent Net City)などが知られている。Google傘下のSidewalk Labsは、トロント市のスマートシティ手掛けたが、パーソナルデータの取り扱いなどの困難な状況の中で、一旦仕切り直すことを余儀なくされている。また米国のラスベガス市では、日本のNTT社と連携してスマートシティを進めている。

日本では、産官学が連携し、特に政府の主導プロジェクトとして、内閣府のスーパーシティ[1]のプロジェクトや、内閣府、総務省、経済産業省、国土交通省、等による多くのスマートシティ事業[2]が実施されている。一方トヨタ自動車による技術主導型のスマートシティ事業として、Woven City(静岡県忍野市)[3]が発表されている。

日本では、都市生活の利便性を向上させる情報サービスは多数提供されており、これをスマートシティサービスと呼ぶのであれば、すでに豊富なスマートシティサービスがある。特に商用レベルで、スマートフォンをインタフェースとしたB2Cの情報サービスは、膨大な数が提供されている。例えば、公共交通の乗換案内や道路交通状況、渋滞予測、駐車場満空情報、また観光情報の提供、レストランや宿泊施設の予約サービス、行政・公共オープンデータ、施設の混雑情報の提供、市民によるインフラ管理(チバレポなど)など、かなり多くのサービスが提供されている。それがむしろ、市民生活のスマートフォン依存度を高めており、スマートフォンなしでは生活できない状況が揶揄されてすらいる。しかし、スマートシティでとりくむべき社会課題は山積しており、寧ろ、これまでのようなスマートフォンサービスでは解決できない、より本質的な地域課題こそ手つかずである。現代のスマートシティ施策では、産官学が連携して、こうした困難な地域課題に取り組むことが期待されている。

3.多様なスマートシティ

スマートシティというと、その言葉から、ハイテクに満ち溢れた大都市、ややSFめいたイメージを想起しがちである。逆に、地方創生の文脈でスマートシティを取り上げたとき、イメージがわきづらいという声を聞く。日本は大都市への人口集中度が確かに大きいが、数十万人規模の地方都市に住む人が、日本のマジョリティーであり、規模が小さく人口密度の小さい地域にも、大都市と同規模の国民が生活している。多くの国民の生活環境を「スマート」にすることがスマートシティ政策の目的であるならば、大都市だけでなく、地方都市や人口密度薄い地域こそ対象にすべきである。

大都市や地方都市、農村地域など、日本には、様々な特性をもった地域があるが、地域毎に課題は異なりつつも、ある程度類型化もできる。従って、スマートシティのあり方も、1種類ではなく、いくつかに類型化した上で、更にその地域や都市毎の特性を考慮することが必要である。例えば、少なくとも、1.大都市型、2.地方都市型、3.農村型、4.観光都市型、5.技術先導型の5通りの類型化ができよう。

4.スマートシティのビジョン

スマートシティの構築する上で重要なことは、テクノロジーの導入ではなく、自らの「シティ」をどのようにしたいのかといった、ビジョンの策定である。企業からの提案されたテクノロジーやサービスを調達してサービスインするのではなく、本当に市民が求めているサービスや地域課題を見極め、更に目の前の課題だけでなく、次の10〜20年先に向けた地域のあり方を見通した上でのビジョン策定が求められる。

近年のスマートシティのビジョンの例に、"Well-being City"がある。これまでの通常の地域活性化の文脈では、経済活性化や雇用創出が重視されてきた。Well-being Cityでは、住民が身体的にも社会的にも健康・健全な生活がおくれることを目指している。近年の都市の状況をみると、2020年の発生した新型コロナウィルス感染症の流行とともに、過密な生活環境を避けて、大都市から地方都市に移住するケースが増えている。パリ市では、徒歩15分圏内で仕事も遊びも生活もできる「15分で歩いていける街」を掲げている。また、我が国では極度な未婚化・少子化が進んでいるが、その原因の1つは、長時間通勤による家庭と仕事が両立し得ない都市環境であるという指摘もある。いずれも都市のWell-beingが大きな事案であり、スマートシティによって、この改善を目指しているのは、近年の特徴である。

5.社会の縮小と進歩

我が国では東京圏などの一部大都市圏以外の地域は、極度な少子化が進み、今後は人口全体も大きく減少する。人口からみれば、今度数十年間の日本社会は、縮小せざるを得ない。これは、日本の多くの地域における最大の課題であり、特に、地方都市型や農村型のスマートシティの多くは、サービスの無人化や交通統合化などを通して、この課題に取り組んでいる。

しかし、人口が減少し、また多くの場合は同時に経済も縮小する状況は、社会が衰退することとは同じではない。今もこれからもテクノロジーも社会も進歩し続け、人口減少する社会においても、これに追従して進歩し続けなければならない。これまでの社会は、いわば拡大の仕組みによって進歩してきた。例えば、新しい技術への投資は、投資する人の立場に立てば、進歩したいから投資するのではなく、投資のリターンとして、自らの財産を拡大させるために投資している。この投資の仕組みを使って、我々は様々な進展をしてきた。しかし、縮小する社会に対しては、当然投資意欲は起きないため、進歩に必要な原資の調達ができない。従って、我々は、縮小社会の中で進歩する仕組みを構築しなければならない。日本の地方都市や農村部におけるスマートシティの取組は、高度なICTやデータを用いることによる、縮小状況下で進歩するための新しいエコシステム構築への挑戦とも考えられる。

6.スマートシティの時間軸

スマートシティ事業の当事者の方々から、「自分たちはスマートシティに遅れているのでは」、とか、「すでに手遅れではないか」、という心配の声を聞く。確かにICTやサービスの進展は速く、しばしばドッグイヤーとも言われる。一方、都市計画の分野は10〜20年の時間軸での取組は当たり前であり、都市を変えて行く時には、長い時間が必要である。すると、スマートシティは、どちらの時間軸ですすむのか、ということになる。

やはりスマートシティは、その計画が本当に実現するためには、都市計画分野と同様に、10〜20年かかるものであるというのが、私の意見である。従って、スマートシティの課題は、素早く実施することではなく、長期間継続し続けることである。当然、開始しなければ、継続することもないので、ゆっくりスタートしてもよいと言っているわけではない。いち早くスタートし、それを長期間継続できる仕組みの構築をめざすべきである。

例えば、スマートシティの運営モデルには、様々なものがあり、代表的なものの1つに、企業コンソーシアム型がある。確かに、景気よく立ち上げる時に企業コンソーシアムは動きやすい形ではあるものの、これを10〜20年続けるためには工夫が必要である。また、市民コミュニティーの活動も、長期間続けるためには何かしらの条件が必要とされる。産官学民がその組織の特性を活かして相互に補いあって、スマートシティの取組を長期間継続できる仕組みづくりが最も重要である。

7.アーキテクチャと都市OS

ここまで見てきたように、日本における現在のスマートシティの課題は、どういった具体サービス(what)を提供するかではなく、より高次元のビジョンであったり、エコシステムや運営体制など、どのようにサービス(How)を提供するか、ということに移行している。そのためには、2つのことが必要である。

第一に、アーキテクチャである。アーキテクチャとは、ビジョンから法制度、ビジネスモデル、運営体制、データ管理、サービス、情報通信システム、関連設備など、その取組を実施するために必要な項目をすべて洗い出し、その関係を明らかにすることである。つまり、取組全体の設計図である(図1)。それによって、整合性と網羅性の高い取組が可能になる。スマートシティに関しては、2019年度に内閣府SIP事業において「スマートシティ・リファレンスアーキテクチャ」[4]を構築しており、これはスマートシティに取り組むすべてのプレイヤーに参考になるものであろう。また、より具体的な方法論や事例を網羅した資料として、内閣府が「スマートシティ・ガイドブック」[5]を作成している。

第二に重要な要素が、都市OS(図2)である。情報通信分野では新しい分野を切り開く時には、まずプラットフォームの構築から始まる。プラットフォームとは、多くのサービスやアプリケーションが必要とする機能を共通化する仕組みであり、コンピュータシステムではそれをOS(オペレーティングシステム)と呼んでいる。都市OSを導入することで、こうしたサービスやアプリケーションの構築コストを下げ、複数のサービスの連携や異なる複数の都市のサービスを連携が可能となる。

スマートシティは、都市計画や都市運営の分野で、いわゆるDX(デジタル・トランスフォーメーション)をすることである。これまで、様々な分野でDXは取り組まれてきたが、OSのようなプラットフォームなしで取り組むと、相互運用性や連携ができない、ばらばらのシステム群やサービス群となることが散見される。スマートシティがそうならないためにも、初期計画の段階から都市OSの導入を検討することが望ましい。

現在の都市OSが備えるべき機能の中心は都市データの共有・連携である。都市の中には様々なデータがあるが、都市の全体最適化や効率化、ダイバーシティの進展などをすすめるためには、こうした都市データの利活用が不可欠であり、そのデータを所有者から利用者にきちんと提供するためには、都市OSの支援が不可欠である。また、この都市OSは一旦調達・設置すれば機能するものではなく、その都市で提供されるサービスと一体となり、またそれらのサービスの発展に追従して、OS自体も変わるダイナミックなシステムでなければならない。

図1:スマートシティ・リファレンスアーキテクチャの全体像(スマートシティリファレンスアーキテクチャ ホワイトペーパー(日本語版)、P.6より)

図2:都市OSの全体像(スマートシティリファレンスアーキテクチャ ホワイトペーパー(日本語版)、P. 91より)

8.日本のスマートシティの今後にむけて

先程も述べたように、我が国の国民の多くは、地方都市を生活圏としており、日本のスマートシティの取り組みは、そうしたボリュームゾーンの明るい未来が描けなければならない。少子高齢化や人口減など、「都市」に共通の課題にどう立ち向かうのか、どのようなテクノロジーを活用するのか、またその取組をいかに長く継続するのか、そして10〜20年先の課題に備え、子供たちに明るい“well-being”な「未来」をどう残すのか、「スマートシティ」の取組によりその方向性を示したい。

参考文献

[1]   内閣府国家戦略特区「スーパーシティ構想」、ウェブページ

[2]   国土交通省「スマートシティ官民連携プラットフォーム」、ウェブページ

[3]   TOYOTA WOVEN CITY、ウェブページ

Toyota Woven City | TOP | What is Woven City

Woven City is a test course for mobility to realize our dream of creating well-being for all.

[4]   内閣府:「スマートシティ・リファレンスアーキテクチャ」(令和2年7月20日更新)

[5]   内閣府:「スマートシティ・ガイドブック」(令和3年1月29日公開、4月9日更新)